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学校のシンボル

目黒の杉


目黒の杉
  • 創立当初より校舎に寄り添うように立つ杉の木は、 目黒のシンボルです。(写真中央の木)
  • この杉は、大正13年(1924年)本校の前身、目黒実科高等女学校の新校舎落成を記念し、倉片定吉氏より寄贈されたものだそうです。記録によると、当初の杉はまだ二階の屋根に達せず、幹の直径は20センチ未満。下枝は人の胸のあたりまで垂れ下がっていたそうです(35周年誌)。
  • しかし、昭和11年(1936年)には、杉は玄関をふさぐばかりに成長し、切り倒そうという話がもちあがりました。  これに反対される手島というひとりの先生の尽力で杉は5メートル北に移植され、危うく難をのがれています。  昭和22年(1947年)には、杉は当時の新聞小説、石坂洋二郎原作の「青い山脈」の挿絵にも登場しています。  (杉のこずえ50号 1996)
  • この杉は、以前はヒマラヤ杉と呼ばれ、またレバノン杉という説もありました。  もしそうだとすれば、ハムラビ法典にも登場する古代シリアの流れを汲む木だということになりますが、  定かなとことは謎に包まれています。  杉の木は、これからも本校に集う生徒たちの心の支えとなり続けることでしょう。

 楷の木(かいのき)


櫂ノ木
  • あまり知られてはいませんが、目黒には、別名「学問の木」ともいわれる貴重な木、「楷ノ木」が植えられていています。
  • 東洋の学問の始祖とあがめられるのは孔子。目黒の楷ノ木は、中国山東省曲阜にある孔子廟の親木から株分けされ、一九九九年に解散した財団法人目高会から寄贈されました。
  • プレートに刻まれた当時の校長齋藤教子先生の言葉によると、楷ノ木は、鶴見大学教授、関根透先生のお力ぞえで、足利市アンタレス財団の山浦啓榮氏からいただいたものだそうす。 また、財団法人目高会とは、かつて、本校がホームルーム合宿などのために所有していた菅平の「目黒山荘」を運営していた機関。
  • 楷ノ木は、それに関わった多くの人々の功績をたたえるため、また在学する生徒の学問の精進を祈って植えられたと記されています。 目黒の楷ノ木は、きっとこれからも生徒たちが勉学に励む様子を静かに見守り続けることでしょう。
  • 楷ノ木は、それに関わった多くの人々の功績をたたえるため、また在学する生徒の学問の精進を祈って植えられたと記されています。 目黒の楷ノ木は、きっとこれからも生徒たちが勉学に励む様子を静かに見守り続けることでしょう。